2005年10月01日

大下勝弘 南蛮魚文窯

琉球南蛮 山田焼 魚文窯

1350年、察度王即位の頃、恩納村の山田城下で山田焼が焼かれたと思われる。還元焔で焼かれ胎土は須恵質になっており、地紬が吹き出したものが多い。これが恐らく沖縄最初の陶器であろう。陶芸家の言う南蛮焼きの一種である。

山田焼き発祥地の山田城主である護佐丸が読谷村の座喜味城に移った時に、多分移したと思われる喜名窯は、タイ国の宋胡録の模造品を焼いている。それと同時に琉球泡盛源流であるタイ国のラオロン酒を入れた、ソコタイの酒ガメも模造され、これが現在の壷屋焼きにまで引き継がれてきている。

沖縄の自然は美しい。沖縄の海はどこまでもエメラルド・ブルーに輝いている。岡山の備前焼と薩摩の苗代川焼で学び、そして琉球の焼物にふれ、私独自の気風と作風でこの山田焼きを復興するとは夢にも思わなかった。豊富な水と近くには陶土が取れるこの環境で魚文窯を興した私は、まさに珊瑚礁の住人たちに教えられたのです 。


魚文窯  大下勝弘


略歴:個展等
■2007年11月 熊本個展:琉球の器 ゆい  http://sisa.otemo-yan.net/
■2008年8月 八ヶ岳 個展:ウィークエンドギャラリームゥ http://sisa.eshizuoka.jp/

大下勝弘 陶歴
南蛮魚文窯について
りっく:魚門窯


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この記事へのコメント
ご無沙汰しています。
ウーマクシーサーを覗き込むと、ついつい大下さんが木の上に作った
展望台で東シナ海を望みながら一升瓶を傾けた夏を思い出します。
お元気のことと思います。
こちらは相変わらず沖縄ー東京往復の生活を10年も続けていますが、
義兄が亡くなり、両親が老いて、姉達も体にケアの必要な年齢になり、
そろそろ小生も帰郷準備を免れなくなりました。
沖縄に行く度に、(琉球村)近くのお店に立ち寄りますが
最近奥さんを見かけることが少なくなりましたが
ガラス窓から覗くと、たくさんの作品が展示されていて
元気でご活躍の様子が伝わってきます。

益々元気でウーマクシーサーの創作に取り組んで頂きたいと思います。
                        東京より、伊禮
Posted by 伊禮 博 at 2007年10月03日 19:12
>伊禮 博さんへ

ご無沙汰しております、大下(妻)です。

コメントをありがとうございました。
気づけばもうそんなに年月が流れてしまいましたね
思えばつい昨日のようです。

でもお元気そうで
いよいよ沖縄で住む事になるのでしょうか、

あと少ししたらまたお店をあけますので、
是非遊びにいらしてくださいね。

彼は相変わらず夜明けとともに工房へ出向き
日が暮れるとともに家へ帰ってくる生活をしております。

そして今回熊本にて個展を開催することになりました、
今はそれの準備に追われています。

10月の27日、28日に、会場にいますので、
良かったら阿蘇の紅葉を見ながら来てくださいと、
そばで言っていますよ(笑)。

■阿蘇個展用ブログ
 http://sisa.otemo-yan.net/album.html

どうぞよろしくお願い致します。
Posted by だーしゃだーしゃ at 2007年10月03日 20:16